虐待・いじめ
虐待といじめ
見える虐待いじめには
そのものなので、すぐにその状況を見たものが
いじめ虐待を確認することができます
しかし
見えない場合、気づかない場合
それは
虐待・いじめを受けた側が感じることによって
判断されるため
他人が気づかない、いじめ虐待を行っている側も
気付かないという
事態が生じてしまいます
この場合が、非常に困ったものです
それは
いじめを受けた側、虐待を受けた側からの
発信がない限り
他人には
本当にわからないということになるからです
それは
言葉であったり
しぐさであったり
行動にもあるかもしれません
そして
それは
他人にはなんともわからないことが
あるのです
価値観の相違
単純な勘違い
お互いに
正しいことと思う場合には
さらに
両者正論になってしまいます
だから
どうすべきか
・学校ならば
いずれかが
その場から離れるしかありません
登校拒否といわれるかもしれませんが・・・
・法律制度の場合・・・制度いじめに制度虐待
・小さな子供なら
親からの逃げ場がない 恐ろしいこと監禁しつけ
・・児童相談所へ
・夫婦なら別居か離婚
・自分自身なら・・・自殺?
・国と国・・・戦争?
・法律なら・・・
傷ついたと思う側にその判断基準が発生
だから
相手を傷つけてしまうかも
これでいいのだろうか
等など常に勉強しないといけません
出なければ
いつまでも
気付かないという
地獄社会が生まれてしまいますから
あるとき介護者が
手が不自由な方に食事を用意いたしました
ヘルパーさん「食事できましたがいかがいたしましょうか」
お客様「そこにおいといて、このTvが終わったら頂きます」
ヘルパーさんはテーブルに、乾燥しないように
心遣い
ラップをかけて、丁寧にテーブルに配置致しました
お客様が、テーブルにきて思いました
・・・ありゃ(;_;)/~~~~どうしよ~
そうなんです
ラップを外すことが出来なかったのです
・気付かないとき
・良かれと思うとき
・自分が正しいと思うとき
☟
もしかしたら
相手を傷つけているのかも・・・(´・ω・`)
そう
自分自身の言動・行動を
一度振り返ってみませんか?